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今では男が女のようにスカートをはく時代なのだ。銀座の市場では阿片《あへん》の花が陽気に満開し、薬種屋の前では群集が巡邏《じゅんら》に口輪を嵌《は》めている。地球の地下室では切開された、メロ・ドラマの開演のベルがけたたましく鳴りひびくのだった。
こうした瞬間を限って変る人間の気持ちと、構成され破壊される歴史の記録を掲示する銀座の青色の夜、プロレタリア駆逐《くちく》したプチ・ブルジョワ達によって、かくも盛大に開演された未来派のオペラ、金属的なめろでい、青磁色の空には女優募集の広告と、ダダイズムの集会の予告板とが蛾《が》と戯《たわむ》れていた。
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私は花田君子柳の下に棄てて、カバレット銀座、未来の情婦、万国の血をみて狂うメイ・フレデリック、私を見るや彼女の情熱死物狂い(その頃喫茶店インタナショナルの芸術家は珈琲《コーヒー》とフランス菓子に驚歎《きょうたん》して昆虫類が今後人間に代ってエゴイズムと排他主義、実行する。)
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1 横浜外交官の無線電信の費用見つもり処、グランドホテル・ド・ヨコハマに設計された硝子張りの円舞場でスパルタの女と根岸の外人ティームとの間で弓術試合が行われた。
2 神戸――Aオリエンタル・ハウスの踊子が私を占う。「貴男は二十四歳になる恋人と四十歳になるパトロンによって育成されるのです。貴男は、ガソリンの響にもまして不幸な人なのですが、それでいて自分では幸だと思っていらっしゃるのです。」D西洋長屋に住むルーマニア売笑婦。
3 この夕ぐれを門司の港では木の橋の上で天主教の司祭様が新世界の魚、河豚《ふぐ》を釣りあげていられるのであるが、この糸の垂れこめたなかには、鼠取の仕掛けになっていて餌に、触るたびに上から落ちてくる豚に河豚は頭を挟まれてしまうのである。
4 アラビア丸――怪奇な青色の女、デッキ・ゴルフ、七色の弾丸のような意志が接触する。広東《カントン》人の用心深さが麻雀《マアジャン》、私から一千|弗《ドル》をサルーンから投出してしまった。黄海は日本の駆逐艦《くちくかん》のマストが見える、夜は外人達によって舞踊会は傾いた部屋を旋回している。私は新義州《しんぎしゅう》の商人と将棋をするのだった。
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私は憂愁もなく感動も刺激さえも失われてしまって、写真館と駄菓子を売る街をひたすら歩くのだった。市民は思い出すたびに役にも立たぬ仕事に営々として働いた。思えば彼等は他人を策動することさえ忘れてしまったようだ。地上には無数の長靴と空間には驢馬《ろば》が犇《ひし》めいていた。
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こうして街は青々と緑に包まれて私は夜毎旗亭ダリコントに馬車で通った。ここで私はロシア煙草と火酒《ウオッカ》と世界の新聞を読んで一日を暮した。しかし偶然はアンナ・ニコロ、私をみて無意味にわらいだした。
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この彼女の可笑《おかし》さが未来の幾年かを空虚なものにしてしまうのだ。まるで音響のないユダヤ人の才能のように危険なものであった。私がアンナ・ニコロのわらいについて幾日間を考えあぐむ、遂にそれは私に対する愛の象徴だと思うのであった。(私は今では瓦斯《ガス》広告のように朦朧《もうろう》とした認識不足に陥っていった)私は毛氈《もうせん》のような花束とアンナ・スラビナには英雄の手本という好色本を贈ったのだが、それはスラビナの称讃を得たに過ぎなかった。
こうして私は青空のない恋に浮身をやつした。
――アンナ・ニコロ、僕は並々ならぬおしゃれなのです。厚化粧した二人の踊り部屋、貴女が私にその許可証を渡さないときは僕はウラジオストックの海に果てたいのです。
――ヨシユキ、貴男《あなた》の戯談《じょうだん》は私達の国では貴族しか云わなかったのです。それにいまでは貴族は殺されてしまうし、私はボルシェヴィズムの女なのです。
アンナ・ニコロに私は再び遅刻してしまう、恋の貉《むじな》は何故、さまで苦しむのか。
――僕はバルチックの軍艦に結婚を申込む、アンナ・ニコロ、今頃はモスクワの政治委員もアンナ・スラビナも昼寝をむさぼってる時間なのです。
ニコロは生れがいいので気儘《きまま》で運命には従順な女なのだが、ブルジョアが滅んでからというものは信仰は痛快にも焼払われてしまった。
――妾《わたし》が真面目な女だものだから、結婚するには政府の許可が必要です。それに東洋人の薄情犬も喰わないのです。
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――ヨシユキ、妾一人が幸にはなれないのです。露西亜《ロシア》の女が各国で乞食と売春と恋慕のために深い忍耐力を養っている間妾一人が堅気《かたぎ》にはなれないのです。
――アンナ・ニコロ、貴女もまた運命を苛酷に取あつかう女の一人なのです。
スラビナがわめいている、三人の外国人の腕の中で、アフガニスタンの山脈のような胴体をつねられて悲しみは赤く腫《は》れあがってしまった。支那の黄色の液体が戦線の雇兵《ようへい》に青いスラビの唇、大砲が走る。追いかけ呼びもどして三人の見事な口髭《くちひげ》、銀色の呼吸を流して、年増女の深い思いが高潮に達したときニコロは私の白いワイシャツの皮膚に彼女の眉墨《まゆずみ》でもって、レニングラードに向かって驀進《ばくしん》する機関車と食用蛙を描いて東洋人が彼女の未来の夫であることを象徴するのであった。不幸なことに北海から税関をかすめて密輸入される鮭類と黒狐の肉は腹を満たすためには四十|法《フラン》が必要なので、アンナ・ニコロはスラビナに食欲さえ感じて黙ってしまうのだが、それにも拘《かかわ》らず私は現代のロシアの気狂い染みた歴史家の記録が純粋な女性の愛情まで資本家に身売りしていることが分るのであった。
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