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「裸の町」を観ても感じたことであったが、日本の女優の力演の顔には共通な一つのものがある。妻として苦境に堪えて行く顔は充実して表現されるが、もっと内部的に複雑な葛藤を物語る際になると、顔は非常に消極的な役割しか演じなくなる。「裸の町」についていえば夫の留守債鬼に囲まれながら孤城のような店に立てこもっている妻の顔つきは全く内部の感情と結びついたものであって、観る者を納得させた。けれども猫を捨てる海岸の場面、駅前の小料理屋の場面などで、妻の顔は言葉を失ってどちらかというとただの女の顔になってしまっている。
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ある外国人が書いているものの中で日本の民衆の顔の特徴の一つとして深刻な観察を語ったのを読んだ覚えがある。その人はいっていた。ヨーロッパの民衆は平常の表情はだらしないゆるんだ様子をしている者でも、何かまじめに考えたり、行動したりしようという瞬間には、その容貌が一変したようになって普通と違う緊張やある活気機敏さを示す。精神活動の目醒めがすぐそのものとして顔に出て来る。ところが日本の民衆の顔は全く特別な性質を持っていて、平常は敏活ささえ見えている顔が非常にまじめに緊張すると、かえって一種漠然としたような、遠のいたような、一見遅鈍のような表情に変る。これは驚くべきことであるといっている。なぜそのような変化が生じるかということについては社会的な原因が綿々と過去につらなっている。女の生活の現実を考えて見れば、女優が本当に自分の顔をもつまでには、なかなかのことであると思われる。日本の表情の一つとして世界に不評判なあいまいな笑いの習慣も、映画の上では特に注意される問題であると思う。
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この頃は不自由でソヴェトの映画をなかなか見ることができなくなった。現代、あっちの映画はどんなふうに行っているか実に好奇心を動かされる。
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